さて、
かなえちゃんは、
敢えていうが【デブス】なのに、
なぜ、被害総額一億円ともいわれるお金を男性からだまし取れたのであろうか?
『私はお酒に強くないので、たとえお休みでも、一日中とはいきませんが、初の朝シャン体験をリッツカールトン東京のお部屋で。』
おえっ。
おえっ。
◎銀座WAKOの素敵なハンカチーフ
http://cache.baidu.jp/jp?word=p%3B%5F%3Bsakura%3B%5F%3B2000%2C%A5%A8%A5%EB%A5%E1%A5%B9&url=http%3A//cookpad%2Ecom/diary/1079080&p=8b2a952986cc45aa0eaa8a6d530e&user=baidujp
『男性が女性へのプレゼントを用意するということは、金額よりも、何にしようかなぁ~と検討するところから、お店に足を運んで購入して、渡すシチュエーションを考えて実行するまで、大変な労力を使う、その過程すべてに自分への気持ちを感じるから、余計に嬉しい。 』
金額しかみてないくせに。
『実際お休みの8~9割は自宅で過ごすことが好きで、基本的には派手なことより地味なことを求めます。』
だから風呂に入らず、フケが溜まってんだろうに。
『普段の暮らしは質素倹約を心がけ堅実に、1~2割はとっておきのラグジュアリーな時間を過ごしたい。 持ち数は少なくとも、妥協せず本当に気に入った本物を長く大切に使っていきたい。 この考えは、人に対しても食べ物に対しても共通している気がします。』
お金いっぱい出してくれる人なんて少ないもんね、デブスに。
かなえちゃん、戦略的に正しいよ。
『長く深い関係になる人とは、そういう価値観が近い人なのでしょうね。』
それで返せといわれたら、殺す。
ここである。
この人の奇妙さは。
最初のターゲットとなったリサイクルショップのおじいさんは、婚カツサイトで知り合ったという。
被害総額の4分の3を持っていかれたというから、
このおじいさんも男冥利につきるってなもんか、否か?
5月15日、千葉県野田市の自宅火災で亡くなった安藤建三さん(享年80歳)、
その直後、17日「かなえキッチン」のエントリー。
『先週から悲しい出来事が続いて、気持ちが沈んでしまうことが多いのですが、そんな時に、料理やお菓子作りは気分転換になりますし、美味しい物が与えてくれる幸福感は、何よりです。 』
殺した後の、戦慄の料理か。
桐野夏生ワールドを地で行く世界である。
『介護のお手伝いがあります、と書きましたが、予定通り金曜日は早朝から、月に何度かお手伝いをしている80歳のおじいさまのお宅に伺いました。
私は自宅では愛犬の介護もあるので、お昼までのお約束でお手伝いをしました。
夜、約束の時間になっても連絡がこないので、どうしたのかしらとこちらから電話をすると「現在おかけになった地域では、ネットワーク設備が故障している、または相手の通信機器の電源が入っていないか故障していると思われます」とアナウンスが流れました。
どういうことかしら?と思い、翌日電話をしても繋がらないので、心配になってご家族の携帯電話に連絡をすると、「昨日の午後自宅が火事で全焼しました、父親はその中にいて他界しました」と言われて…
私がお手伝いをして帰宅し、数時間後の出来事だった様子。
おじいさまと最後に会ったのは、私ではないか、ということで、その後色々なところから事情を聞かれて、サスペンスドラマのような一日でした。 』
まるで他人事。
そりゃそうだ、彼女にとっては、お金が無くなったら他人だもの。
この殺害された男性は、文春の記事によると、周りに凄い女をゲットしたぞと吹聴していたらしいが、決して綺麗とはいわず、「頭がいい」といっていたそうだ。
そんなかなえちゃんは、金銭的に援助してくれる人だけをターゲットに絞り、
そして才能を存分に発揮した。
これが、器量よし、美人だったらどうだろう?
美人がいくら金の亡者でも、(申し訳ないが)婚カツサイトでひっかかるような駄目男を相手にしたいとは思わないであろう。
なぜなら、美人はそんなとこで候補者を探さなくてもいくらでも寄ってくるのだから。
が、
かなえちゃんは、現実世界では、決してモテ領域とは言い難い。
(局所的にモテたととしても、だ)
一次面接で落とされることも多いはず。
かなえちゃんのドアを開く男性は、恐らくなかなかいない。
そんな彼女は幻想の中で生きていくことができ、自分を美化することが平気なので、
ターゲットとなる、独身もしくは、破綻寸前の、淋しい男性を分析し、
刺さる言葉、刺さる女を演じることができた。
(つまり、緻密な性格でもなく犯行の手口はいい加減でありながらも、自分の良さは充分にわかっていた)
私が、かなえちゃんの奇妙さに関心を寄せる理由に、
まず、見た目なんとかしろ、ってとこなんだけど、
それとは反して憧憬のようなものがある。
それは、前日記で書いたこと、
可愛い、ということである。
殺しの直後も、フラワーエッセンスだの、乙女な趣味をblogに書く。
この「かなえキッチン」は彼女の幻想を現実と結び付ける為のツールだったとはいえ、
「かなえキッチン」によって、彼女の可愛さは増強され、妄想は肥大化し、
現実と相互性を保つために、虚飾を重ねていった。
拒食だったら、ご飯代もかからなかったのだが、
かなえちゃんは、そんな自分を痛めつける癖はない。
自己正当化するために、他者を殺めるのだから。
可愛いについて、多分つづく。
