普通に日常生活を送っていると、
喜怒哀楽、
ハッピーなことや、腹立たしいこと、しょぼんとしちゃうこと、やっほーい、と思うことはあっても、
滅多なことでは、「この人、狂ってるよ」という方に遭遇することは少ない。
「変わってる」「ちょっとオカシイ」
その程度の人ならいっぱいいる。もちろん、私もどうやら、そのタイプの人間らしい。
仮に、精神疾患で、「狂気的な言動をする」というのなら、
周りにいる人間は、当人にとっては不本意だろうが、「病によるものだ」とカテゴライズすることによって一応、安堵する。
定義というのは、全くもって便利なアイデアである。
しかし、現実ではなく、ヴァーチャル、webの中にいるとどうだろう。
私のように毎日、mixiの片隅でメモ書きをしていると
(昨今の言葉ではチラ裏とでもいうのだろうか)
200人いるマイミクさんが、毎日、スポーツ新聞を駅で買うかのように読みに来てくれる。
お会いしたこともない方も沢山いるが、お声をかけてくださったり、メッセージを頂いたり、
こちらから相手の日記を読み、最近の様子なぞを伺っていると、
自然と親近感が湧き、まるで家族や友達のようだ。
新しい発見、知識、思考、視点、沢山のアイデアが沸々とでてくることはまさに感動である。
このように、
平和な共同体が形成されるのはwebの恩恵であり、
私はそれを有難く享受している。
一方、webの弊害といえば、
参加者不特定のサービス、
つまりオープンにした際にやってくる突然の訪問者に翻弄されることだろう。
しかもその訪問者が、「狂信的な人間」であった場合。
なんとも思わない気丈な方もいらっしゃるだろうし、また、遭遇したことのない方は、「無視すればよい」と思っているかもしれない。
ここに一つのケースがある。
●最強に面白かった炎上
http://www.keikoya.com/blog/2009/02/post-473a.html
これは、とある新書を出版した著者がアマゾンで評価をしなかったレビュアーに腹を立て、さらには匿名レビュアーをつきとめ、著者本人が文句をいいに言った、と一風変わった炎上blogの話である。
レビュアーは、自身の権利(率直な感想を書いたに過ぎない)という
姿勢を崩さず、相手に巻き込まれない律した態度は、素晴らしいものだ。
作品は著者の手から離れた時点で、著者のものではないのにね。>吉田望氏
さて。
貴方は自分のスタンスを崩さす、
「狂信的な輩」の罵詈雑言に貴方は耐えうることは可能であろうか?
性格の違いといえばそれまでだが、「あほですか」といわれ、「実名を公開」され、
それでも、
相手に敬意をもって接することはできるか否か?
インターネットに接続した時、
人は変わる。
格好つけたり、おどけたり。人には見せない弱音を吐いたり。
私も、普段のけいこと、「日刊ケイコ」は少々違う。
「けいこ」という人物に内包された一部分を増幅し「日刊ケイコ」という人物が出来上がっている。
前述の、炎上の筆者もそうであろう。
普段は「普通の人」として過ごす彼が、自分の著書をコケにされたあまり、
ご本人の自尊心は多いに傷づけられ、怒りが暴走して、
とんでもない発言が次から次へと飛び出した。
「自分は、こんな人間じゃない。もっと認められるべき存在であっていいはずだ」
とテキストだけのコミュニケーションのせいか、
webの力か、己の自尊心は肥大化していった。
現実(リアル)で、多かれ少なかれ実績を残した人なのだから、この滑稽な姿が、
彼の全体像とは思わないが、
彼こそあなたの隣に潜む、狂信的な人、である。
さらに、
本格的な狂信的な人物、
それは、先日、私が遭遇した「殺人予告」を残していった彼だ。
●田母神支持者と編集長との対話(序章)
http://www.keikoya.com/blog/2009/07/post-02a8.html
私は、興味がなかったので、安全性だけ留意し、後追いもしなかったが、
親切な知人が、彼を調べあげた。
なんでも、ゲームばっかりやってるタイプの方らしい。
文章は支離滅裂で、
好きな言葉: 「それでもカルタゴは滅ぼさねばならぬ」
だ、そうだ。
以下、彼のコメント。一部抜粋。
『金のためならなんでもやるという汚い性格も出ているし。
そんな奴はお金の恐ろしさを存分に味わえばよいと思う。
私みたいにあなたの相手をしている間にもお金は懐に入ってくるのを思うと、余裕のない人は損得勘定すら狂う事を改めて知ることができた。
金にしか執着心が無い人は教養を付ける余裕すら奪い取るものかと。
あなたのいう世界じゃ全く通用しないな。
私みたく、収入がある人間だからこそ悟ったという事もある。
それから、私は歴史学、法学、哲学、軍事学、数学、語学等根幹を学んだ観点から言えば、全ての論者は何も知らなさすぎると嘆いている。あなたも例外ではない。広島の連中に至っては、もう一度原爆を落とされたいのかと思ってしまうくらいだ。
私もお金はかなりたまったので、南北朝時代でいうところの「悪党」でも結成して、武装して、あなたのような人間を駆除する。これが今の私の目標。』
・・・・・・。
彼は、お金に困っているのだろうか?
友はいないのだろうか?
家族は?恋人は?仕事は?
総てがなくても、「希望」はあるのだろうか?
webという顔のない世界で、肥大化した自尊心を表現することによって、
本来の自尊心が満たされるのなら、私は一向に構わない。
なぜなら、私はちっぽけな自分でも、
今、充分に幸せだからだ。
腹立たしいことも、辛いことも、些細なことでチャラにできる
「小さく」「楽観的」な人間なのだ。
彼がリアルやヴァーチャルの中で、爪はじきになってないことを心より願う。
現実にいる、あなたの隣にいる人が、
いつなんどき「狂信的な人間」に変貌するからわからないことを、
みなさまに、強くお伝えしたい。
実際、既にそうなってるかもしれない。
それは、その人の別人格でなく、彼、彼女のうちに潜む、本当の姿でもある。
こと、顔の見えないwebにおいては。

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