雑記帳:特攻隊員が弾いたピアノで演奏会 佐賀県鳥栖市
終戦前の1945年5月、出撃を控えた音楽学校出身の特攻隊員がベートーベンの「月光」を演奏したとされるピアノの演奏会が15日、佐賀県鳥栖市であった。
ピアノは独・フッペル社製で、戦前、同市の婦人会が国民学校に寄付した。戦後、廃棄処分されそうになったが、「月光」の逸話が知られるようになり、保存された。
演奏会は毎年、終戦記念日に開かれる。同市のピアノ講師、秋山絵里さん(27)は「平和な世界を願って『月光』を演奏しました」。多くの犠牲のうえにある平和の調べに、聴衆はじっと耳を傾けた。【遠藤雅彦】 毎日新聞
私がピアノを習っていたころ、最後の発表会で弾いたのが
ベートベンの「月光」である。
特に3楽章が好きで、とにかく必死で必死で、一生懸命練習した。
今となっては右手さえも動かないだろう。
ベートーベンのピアノソナタは大好きだ。
グレングールドの演奏をお手本にしていたので、
他の演奏だと別の曲に聴こえる。
しかしながら、
今年、ハウステンボスに行っていたら、鳥栖市を通ることになったのだが、
「特攻隊員の月光」はどんな演奏だったのだろうか?
Glenn Gould - Moonlight Sonata pt. III (Beethoven)
昔、母から終戦の日の話を聞いたことがある。
「みんなラジオに向かって泣いてるの。お父ちゃんも泣いてた。
ママは、お腹がすいてたからよくわからなかったけど、皆泣いてるから
哀しそうにしなきゃいけないと思って、そういうフリをしたの」
きみちゃんのお父ちゃん、つまり私の祖父は戦争で、バリの辺りに行った(たぶん)
岩が2つあり、
片側には祖父、反対側に祖父の友達が隠れていた。
爆弾は友達側目掛けて飛んできた。
そして、友達は死んだ。
皆様は、リドリースコットの映画「ブラックホーク・ダウン」を見たことがあるだろうか?
この映画、この上ないほど、戦場という状況の直接描写に徹している。
私は、この映画を観たとき、おじいちゃんも、こんな感じだったんだろうか?と思い、
強烈な描写を見続けるうちに、祖父が生還し、自分がこの世に生を受けたことに
奇妙なほどリアリティをもった。
戦争。
殺す側 か 殺される側 か。
私は後者を選ぶ。
私には殺人はできない。
いつ死んでも構わないよう「後悔なく生きる」を信条にしながらも
火の海にほおりこまれたら、防衛反応が働いて「死にたくない」と思うだろうし、
先日の地震でさえ、恐怖を覚えたくらいであるが、
出来ないものは出来ない。殺せない。
その倫理観の正体が何かは自分でもわからない。
戦争放棄。
そういう国に生まれて、殺し合いが出来ない人、
それでいいんじゃないか。



